『地球物語』読み物  

    レオナルドさんの化石研究物語

 みなさんは、レオナルド・ダ・ビンチという人の名前を聞いたことがあり
ますか。そうです。「モナ・リザ」とか「最後の晩餐」という絵を描いたそ
の人です。もし、身近にそれらの絵の写真などがあれば、一度見てみましょ
う。
 このレオナルドは1500年ころ、イタリアで文化が栄えた時代にたくさんの
絵を書いたことで有名な人です。貴族の肖像画や聖書に出てくる風景の絵な
どもたくさん描いて、貴族からも喜ばれていました。
 その画家のレオナルドが、意外や意外、化石の研究もしていたのです。い
ったい、どんなきっかけで、化石の研究などを始めたのでしょうか。レオナ
ルドの化石研究のはじまり、はじまりです。

 今から500年ほど前のイタリアの国フロレンス地方でのお話です。まだ22
才になったばかりの青年画家レオナルドは、ミラノの町でも優れた絵描きと
して、すっかり有名になっていました。フロレンスでは、有名になったレオ
ナルドのために、メジチ公爵という貴族が、彼のための仕事場まで作って彼
を大切にしていました。
 絵描きとして有名だったレオナルドは、遠近法という画の技術の勉強をし
たり、飛行機の設計をしたり、風の速さを測る機械を作ったりと、いろんな
ことにも興味を持っていました。
 ある日、そのメジチ公爵がレオナルドに言いました。
公爵「レオナルドくん、わしのこの広い土地に畑を作ろうと考えてい
   るところじゃ。この土地までうまく水が来るように、溝を掘っ
   てほしいのじゃ。どうじゃ、できるか。」
レオナルド「え?この公爵様の土地まで溝を掘るのでございますか。喜ん
    で引き受けさせてもらいます。うまく水が来るように設計す
    る自信は十分にあります。」
と、設計技師でもあったレオナルドは一つ返事で引き受けました。それには、
わけがあったのです。レオナルドはこんなことを考えていたのです。
〈しめしめ、いいチャンスだぞ。今までから考えていたことが、うま
 く確かめられるかも知れない。この前から、あちこちに見える粘土
 や砂の層が、いったい、どのようにしてできているのか気になって
 いたところだ。新しい溝を掘るとその謎がとけるかもしれない。〉
 やがて、たくさんの人夫をやとって、溝掘りが始まりました。レオナルドは
次々と見えてくる地層を、注意深く眺めては、こまかくスケッチしていました。
〈こちらの下の地層と、こちらの上の地層とは同じだぞ。ここでは、
 こんなにも地層が傾いている。どうしてだろう。〉
なんて考えていると、もう、夜も眠れない日が続きました。

 ある日、溝を掘っていた一人の人夫がやってきました。
人夫「レオナルドさん、レオナルドさん、掘っているとこんな白いも
   のが出てきましたよ。なんですかね。」
レオナルド「どれどれ、石のかけらかな、いや、石ではないぞ。」
  「おかしいな、何か海の貝殻ににているな。こんな陸地で貝殻
   ?……。おい、これはどこで見つけたんだ!」
 なにやら急に我に返ったように、レオナルドは人夫に聞きました。
人夫「ほれ、あそこの溝ですよ。」
 さっそく、その溝をよく調べたレオナルドは興奮したまま、みんに言いました。
レオナルド「なあ、みんな、これは昔々の貝の殻だ。こんな貝殻が、こん
   なに地層の中に入っているということは、ひょっとすると、こ
   こは昔海だったかもしれないぞ。」

 みなさんは、このレオナルドの考えをどう思いますか。海からは何十キロメート
ルも離れた丘の上です。そこが、かつて海だったことなどありうるのでしょうか。

 それからは、貝殻の入った石がどんどんレオナルドのところに持ち込まれました。
彫刻家でもあったレオナルドは、仕事が終わると、巧みな手さばきで、一つ一つの
石から貝殻を掘り出しました。貝殻の表面にある小さな皺模様や貝殻の付け根の部
分をこわさぬように、慎重に慎重に掘り出しました。 そして、たくさんの白い貝
殻を見てレオナルドは何度も考えました。そして、公爵さんに話しました。
レオナルド「公爵さん、わたしはこんなふうに思うのですが、どうでしょ
   う。昔、海にいた貝が死んだあと、その貝殻は海の底に沈み、
   泥の中にうずまって中の肉がくさり、泥がその貝殻の中に入り
   込んだんです。そして、時とともに泥は固くなり、貝殻そのも
   のと同じような石に変化したのです。ですから、ここは昔の海
   の底だったんです。」
公爵 「う〜ん、そうかな。でもね、貝殻があるというだけで、昔海
   だったと言えるのかね。昔の人がここに、食べたあとの貝殻を
   捨てたかもしれないぞ。」
ケオナルド「いえいえ、公爵様、ここの地層のあとを見てください。ほん
   ものの貝そっくりに、重なり合った二枚の皺のまま、型が残っ
   ているではありませんか。これは、もう生きたままの貝がここ
   にいたという証拠ですよ。」
公爵「そうか。このような形で貝殻が入っているということは…貝殻
   があとで、人によって持ち込まれたのではないというわけだね。
   それにしても、よく、観察したもんだ。」
こうして、レオナルドは、ますます地層と石の研究に自信を深めていました。

 このように研究熱心なレオナルドの名前は、だんだんと学者の中にも知られるよう
になりました。しかし、レオナルドはろくに学校も出ていないただの田舎者です。有
名な学者たちは、レオナルドの研究など、だれも相手にはしませんでした。
 あるとき、公爵のお屋敷で、学問の討論会が催されました。大広間は、偉い学者や
博士、お坊さんたちでいっぱいでした。
 たまたま、その場にいたレオナルドはポケットから最近見つけた石化した貝殻を取
り出して、何度も何度も眺めていました。すると近くを通った一人の大学教授が聞き
ました。
教授「レオナルドくんじゃないか。手に持っているその汚い石に、 
  なにか面白いことがあるのかね、」
レオナルド「これは、石ではありません。石化した海の貝なんです。昔の
   貝の化石です。しかも、今は海岸線からたっぷり二日もかかる
   場所の粘土の中で見つかったものです。」
教授「どれどれ、見せてくださらんか。」
 レオナルドの手から受け取った石化した貝殻の一つを、ごろごろと手のひらでいじ
りまわしながらその教授は言いました。
教授「いや、これはたんに自然のいたずらだよ。ただの石ころが、た
   またま貝殻の形をしているだけだよ。」
レオナルド「しかし、地層の中にいくらでもこのような貝殻が見つかるの
です。自然のいたずらが、はたして、そんなにも多く、たびだび
   くり返されるものなんでしょうか。おまけに、それならば、なぜ、
こんな貝殻といっしょに、大きな魚の骨の化石も発見されるので
しょうか。」
 レオナルドは必死に反論しました。
 そこへやってきた老学者は、それを聞いて言いました。
老学者「化石になった貝殻ですって、そりゃ違うさ、間違いだよレオ
   ナルドくん。」
老学者「こうした石はね、偶然にこのような形を持ったわけでもない
   のだよ。みんな、星の光の不思議なはたらきによるのだよ。」
レオナルド「そんなことあるもんですか。星の光が石に形を与えたり変え
   たりするなんて、私には考えられません。」
 レオナルドは必死に叫びました。まわりは、さらに大勢の学者たち
 が集まってきました。学者たちは口々に言いました。
学者 「これは、神が世界を創られたあとに忘れ去られたできそこな
   いの石だよ。」
学者 「これはすばらしい〈天の創造者〉のお力によるものだね。」
   「これが、昔の海の後にできたなんて、それはレオナルドの勝手
   な想像だよ。」 
 やがて、その話を聞いていた、有名なある年老いた神父がおごそかに言いました。
神父 「みなさん静かに、静かに。何も迷うことはありませんよ。こ
   の貝殻は、あの〈世界洪水〉の時に、海からはい上がってきた 
  貝が死んだ貝殻です。これは、聖書に書かれています。」
(キリスト教の聖書に、昔一度だけ大洪水があったと記されている。)
 一瞬、みんな静まりかえってしまいました。「聖書に書かれている」と言われると、
もう、だれも反論などできないのです。でも、レオナルドはもうだまっていられない
のです。
レオナルド「けれども、神父さま、お言葉でございますが、… あの大洪
   水の間、のろのろと、はいまわるのがおそい貝が、どうして、
   こんなにも遠い所まで、はってこれたのでしょうか。」
 これには、神学者も博士たちも、すっかりあわてふためき、もう反論はできません
でした。この様子を、公爵家の人々は、笑いをこらえながら眺めていました。やがて
学者達も、こそこそと肩をすぼめ、レオナルドの前からたち去って行きました。

 地層の中から見つかった貝殻が、ずっと大昔、その場が海であった証拠ではないか
という考えは、このレオナルド・ダ・ビンチよりも、ずっと以前の紀元前(BC400年頃)
に、ギリシャの学者が予想していました。しかし、ローマ時代になってずっと学問は
進まなくなってしまいました。このころからキリスト教の教えが強く広まり、何もの
も神がすべてを創造したものであると説かれていました。化石も、神が創造した一造
形品でしかなかったのです。したがって、化石の研究も長い間行われなくなっていま
した。
 それが、ルネッサンスと呼ばれる紀元1500年頃になって、やっと、開花してく
ることになります。これは、その他の科学や芸術の発展と同じです。
 このときになって、レオナルド・ダ・ビンチは、貝殻には一年ごとの成長の跡を示
す細い筋があることを見つけて、貝殻は神が創ったものでなくて、生きていた生物の
殻であることを示しました。また、地層が規則的な層になっていることをたんねんに
調べて、たんなる大洪水のあとではないことを証明しました。また、地表は長い間に
は高くなったり沈んだりすることもあることを説いて回りました。
 世界一高いヒマラヤの頂上からも、海の貝の化石が出ると聞いた人があるかもしれ
ません。長い長い間には、地球の表面は大きく動いているのです。そのことを、この
レオナルドはこの時すでに予言していたのです。
 このレオナルド・ダ・ビンチは、多くの学者たちの反論にあいながら、ち密な自然
の観察をもとに、真理を見つけていたのです。これは、広く地層を見ていだいていた
レオナルドの予想と、レオナルドのすばらしい観察力のたまものです。レオナルドは、
すでに、「太陽は動かない」とひそかに記していました。レオナルドの頭の中にはす
でに〈動く地球〉があったのです。
 しかし、こうしたレオナルドの〈神への反論〉は、当時では命がけだったのです。
レオナルドには、この化石論争のあと牢獄の扉が待ち受けていたのです。幸いにも、
レオナルドの技術や知識をとても必要としていたロダビコ・モーロという一公爵によ
って、レオナルドは危うく難をのがれることができたのです。
 この時代に、「地球は動いている」と言いはって、処刑された科学者の話を聞いた
人があるかも知れません。この時代は、たとえ真実でも、〈神の教え〉に反して自分
の意見を主張することは命がけの時代だったのです。
 自分の研究成果を大切にしてきたレオナルド・ダ・ビンチによって、その後の地質
学の研究は、急に発展していくことになったのです。



◆この創作物語は、『地球物語』ブゥブレニコフ著(熊谷信一、小嶋公長訳 民友社
 1949年刊)を基に西村寿雄が創作したものです。

 
 参考図書 『地質学の歴史』カブリエル・ゴオー著
                菅谷暁訳 みすず書房 1997年刊
『地球科学入門』山下昇著 国土社 1967年刊

2003,6,9

          
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